子供はストレスを感じるとママを頼る?!母親と父親の役割の違いについて

【あ劇場©】へようこそ。
本日の晩婚パパの育児実録の演目は【子供はストレスを感じる場面ではママを頼る?!母親と父親の役割の違いについて】です。

晩婚あおばパパ
どこの家庭にも,その家庭なりの「七不思議」的なモノが存在しているのではないでしょうか?

我が家の場合のその1つは,あおば(ウチの小3の子供)が僕(父親)に学習内容などを「見ないで!」と隠しがちな点です。

いまに始まったことではないのですが‥ 本日はあおばのちょっとした行動から,改めて考えてみた点についてふれてみます。

そのテーマは,《子供にとっての母親と父親の役割の違い》です。

子育て育児における《父親の役割》をバージョンアップしよう!

これまでも,子育て育児における《父親の役割》については折にふれ色々と調べていました。

プラス,今回,当記事を書くにあたって改めてネット上の情報もいくつか再確認をしてみました。

その結果として感じたことを率直に書くと, 以下のようになります。

子育て育児における《父親の役割》をバージョンアップしよう!

になります。

というのも,いくつかのサイトで以下のような情報がみられたからです。

ママの愚痴を聞いてあげよう

確かにそれは必要なコトではあると思います。

特に,現実的にはママ・母親に育児の負担の大半を背負わせてしまっているケースも多いのが「実情」だとは思いますので。

ですが‥ 「ママの愚痴を聞いてあげよう」というのは,その事実を暗に認めている。

そして‥ 「だからせめて “それぐらい” はしてあげないとね‥ 」という話しなのだと思います。

ですけど,それを《子育て育児における父親の役割》というのは,ちょっと前時代的なのではないかと思いますが‥ いかがでしょうか。

事実を事実として認めていることは「よし」としても,正直それだけだと「その先へ・よりよい地点へ行こう!」という姿勢が感じられないように思うのです。
一昔二昔前は,《子育て育児における父親の役割》の重要性が認知されていなかったのでいたしかたない面があったかもしれませんが,「いま」やその重要性は様々な研究によって明らかにされています

であるからには,子育て育児における《父親の役割》をバージョンアップしよう! というか,「バージョンアップしないといけないのではないか?!」と感じるのです。

子育て育児における《父親の役割》の情報元でオススメはウィキペディア

そのような感じで,いくつかのサイトを調べてみた上で「1番オススメ!」と感じたのが,ネット上のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の情報でした。

ということで, 『父親の役割』と,Googleで検索をしてみると,次のような 【強調スニペット】 での表示がされますので,引用します。

子供の発育に関して,父親が重要な役割を果たしていることが,近年認識されるようになった。 従来は,父親の役割として,稼ぎ手,監督者,性役割モデルなどが知られていた。 しかし近年研究が進んで,社会性の発達や知的能力の発達など,父親が子供の精神的発達に重要な役割を果たしていることが明らかになった。

引用内容出典先:父親の役割 – Wikipedia

上述のように,『ウィキペディア(Wikipedia)』の情報では,近年《子育てにおける父親の役割》の認識が大きく更新されていることにシッカリとふれているのでした。
以下も,同じく『ウィキペディア』の情報からの抜粋・引用となります。

※なお,引用部分内の太字部分は「見出し」部分となります。
※また,注釈番号が付いていた箇所もそのまま抜粋してあります。

子供の年代ごとの父親の役割
父親は子供と遊んでいる時にも,子供の発達を促すような働きかけを行っている。特に,子供の知的発達や社会性の発達を促すような働きかけを行っている[4]。そうした働きかけの内容は,子供が成長するにつれて変化してゆく。

この中での,子供が成長するにつれて変化してゆく という点は「重要なポイント」だと感じます。

要するに,《子育て育児における父親の役割》はある時期限りの一時的なものなのでは「なく」,全ての期間においてちゃんとその役割が「ある」ということです。

以下,各時期における《子育て育児における父親の役割》についてふれられている部分となります。

乳児期における父親の役割

引き続き,『ウィキペディア』の情報より抜粋・引用します。

母親は,乳児に話しかける際には,繰り返すリズムで,ソフトに,なだめるように話す。父親は言葉を多く用いて,子供の体に触れて,はっきりとした言葉で話しかける[5]。子供は,母親の顔を見ると,心が落ち着いて脈や呼吸の数が少くなり,父親の顔を見ると,楽しい遊びを期待して脈や呼吸の数が増える[6]。その結果,子供は遊び相手として,父親を好むようになる。ただしストレスの大きい場面では,母親を選ぶ[7]。父親によるこうした刺激は重要であり,乳児の脳に健康な発達を促し,子供の社会的発達,精神的発達,知的発達に永続的な良い効果を与える[4]。

この点はまさしく,「本日の主題」と重なる部分でありました。

中でも,この箇所がそのもの「ズバリ」でした

子供は遊び相手として,父親を好むようになる。
ただしストレスの大きい場面では,母親を選ぶ。

当記事の冒頭でもふれた “我が家の七不思議的” な以下のあおばの行動が,このケースに当てはまると思います。

あおば(ウチの小3の子供)が僕(父親)に学習内容などを「見ないで!」と隠しがちな点です。

※左の画像は,本日あおばが「見ないで!」と隠した《進研ゼミ『考える力・プラス講座』自分づくり課題の内容の一部》になります。
この『考える力・プラス講座』の課題は答えを「パッ」と答えられるタイプのモノではないので少しばかり「ストレス」がかかるようです。でも、それが本人の「課題解決力」を高めることにつながっていると感じます。

あおばが一人っ子ということもあり,我が家ではあおばの「遊び相手」は「父親の僕」になります。

ママは「遊び相手」の役割はほとんどしませんね(苦笑)。

他方,学習・勉強の件で手詰まり気味になると,「いま」のところは基本的に「ママ」にサポートを求めています。

時折り,

あおば
この問題は難しいから,ママよりパパが相応しいかな?

な~んて小生意気なコトを言ったりすることもありますが(笑)。

冗談はさておき,要は「遊びやゲーム」的なモノではなく多少なりとも「ストレス」も掛かるような難しいモノゴトに対する時は,それが学習・勉強的なコトであれ別の類のコトであれ,そのような場合は基本的に《ママにサポートを求める》ということです。

その面で,この点に関しては,次の言葉が当てはまるのではないかと思います。

三つ子の魂百まで

そして想うに,この言葉はなにもあおばに限らず,大半の子供に当てはまる言葉なのではないかとも思うのでした。

やはり,多くの子供にとって「ママ」は精神的な面でとても大事な《安全基地》の役割をしている のだと感じます。

《安全基地》とは,アメリカの心理学者のメアリー・エインスワースさんが1982年に提唱した「人間の愛着行動」に関する概念のこと。
子供が親(特に母親)との信頼関係によって育む「心の安全基地」を拠り所として「外の世界」を探索できること,戻った際に喜ばれることを信じられるが故に安心して帰還できることを表した概念。

幼児期における父親の役割

《幼児期における父親の役割》も引き続き,『ウィキペディア』の情報よりの抜粋・引用となります。

母親は感情を表現する言葉を多く使って,子どもが感情を理解する助けをする。これに対して,父親は原因を説明する言葉を多く使って,子どもが論理を理解する助けをする[9]。父親は,より長い言葉を使い,より抽象的な言葉を使う。

母親は主に共感によって子供が必要とするものを把握する[14]。これに対して,父親は,遊びを通じて子供の考え,感情,希望を理解する。そして子供に何が必要であるかを把握してそれを与える[15]。

父親が幼児に強く関与し多く遊ぶと,子供の言語能力や認識能力は向上し,知能指数IQが向上する[4]。

父親はやはり,「遊びを通じて」子供に影響を与える存在であるようです。情報得る場合も与える場合においても。

ママは子供にとっての《安全基地》となる

一方,父親・パパは,外の世界を冒険する際のサポーターとなる,といったところなのかと。

その点は,我が身を振り返っても,

晩婚あおばパパ
なるほど,確かにその通りだった!

と,素直に頷けます。

「遊び!」となると基本的に,あおばはいつも僕の方に来ます。

そして楽しく遊んでいるうちはやはり基本的にずっと「僕」と遊び続けるのですが,転んで泣いたりすると真っ先に「ママ」の方へと行くのです。

この光景・プロセスは,何も我が家に限ったことではなく,基本的にどこの家庭においても「同じである」ことは容易に察しがつきます。

幼稚園でも公園でもどこでも見慣れた光景ですので。
ということは,次のように「言える」ということかと。

その「特性・質」がどこの家庭でも同じということは,後はその「頻度・量」が “どのぐらいであるか”という点に,「違い」が出てくるということである。

その点に関しては僕自身,一般的なお父さん方よりかなり多くの時間を「子供と遊ぶことに割いてきた」という自覚があります

そして,少々手前味噌的な面はありますが(苦笑),結果的にその点がこちらの内容とリンクしていると感じられます

父親が幼児に強く関与し多く遊ぶと,子供の言語能力や認識能力は向上し,知能指数IQが向上する[4]。

実際にあおばの「言語能力はとても高い」です。

その証拠に,当ブログの1番の読者は「あおば当人」なのですが,当ブログで使っている漢字や言葉の意味であおば本人から質問を受けることが実際にほとんど「ない」のです。
あまりに少ないのでたまに,

晩婚あおばパパ
本当に読めない漢字とか意味が分わからない言葉とかってないの?

と聞くことがあるのですが,本人は涼しい顔で,

あおば
大丈夫だよ。読めない漢字がある時は聞いているし,意味なら前後の文の関係からだいたい想像がつくしね

というような感じの返答をしてきます。

当ブログでは度々ふれている通りで,あおばは《大の本好き・読書好き》です。

ですので,上述のような状況はその効能が大きいかとは思いますが,「僕との遊び」がもたらした効果も思いのほか大きいのかもしれません。

もちろん,ある程度は「そうした効果」を期待してこれまで一緒に遊んできた部分もあるので,現在の状況についてはとても嬉しく感じているところではあります。

まあ,自分も子供と一緒に遊ぶのが「とても楽しい!」からという理由である点が大部分であるのが正直なところではありますが。

子供って本当にかわいいですからね。

自分が子供を授かる前は「子供ってどうも苦手なんだよね~」とか思っていたくせに(苦笑)。

【補足】
ちなみに(手前味噌ついでに),あおばの「言語能力はとても高い」ということを客観的に示してくれた事例もありましたので,ご興味がありましたらぜひ,こちらの内容もご覧ください

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特に「国語」の結果が素晴らしかったです。

小学生の頃の父親の役割

《小学生の頃の父親の役割》も引き続き,『ウィキペディア』の情報よりの抜粋・引用となります。

子供が学童期の頃には,父親は,子供に新しいことを経験させて,しかも自分一人でするように促す。それができるようになれば,子供には自信が生まれる。さらに子供は,自分をコントロールして,その行動を責任を持って成し遂げるようになる。この時期に父親が充分に関与すると,自分の成功や失敗は,もっぱら自分の努力が原因であることを理解して,他人のミスを責めなくなる[5]。

父親は,子供に勤勉の意識を教え,技術を学べば目標を達成できることを教える。子供が,新しい挑戦に果敢に立ち向かう能力と自信を獲得するための努力を積み重ねるかどうかは,この時期の父親の係わりかたが非常に重要な意味を持つ。

子供の道徳的社会的想像力の発達についても,父親が重要な役割を果たす。子供に直接に教えたり,自分で手本を示すことによって,正直に誠実に努力すれば,その報酬が得られることを教える[15]。

あおばは現在「小学3年生」ですので,この辺りの内容はまさしく「たったいま」のことでもあります。

ですので,思い当たるフシも色々とありますし,これからその点を常に頭の片隅に入れて「行動をしていかなくては」と身が引き締まる思いも同時に感じるところです。

父親は,子供に新しいことを経験させて,しかも自分一人でするように促す。それができるようになれば,子供には自信が生まれる。さらに子供は,自分をコントロールして,その行動を責任を持って成し遂げるようになる。

ちなみに, こちらの部分に関しては, この内容などが当てはまるようにも思います。

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その他,これからの「先行きが不透明な時代・社会」においてより重要性が増す《父親の役割》としては,次の点が挙げられるかと思います

母親は感情や人間関係の技術を子供に多く教えるが,父親は生存のための技術や問題解決の技術を子供に多く教える[21]。父親は,子供が進んでゆく新しい世界でどうすれば良いかを,子供に説明する。

また,以下の点に関しては,旧来によくみられた「ティーチング的な姿勢」に対する警鐘の1つであるとも感じました

ただし,父親が余りに厳格に細かく指示を与えると,子供は父親を頼るようになって,子供に悪影響が及ぶ[5]。子供は,感受性が低下し,語彙が少なくなる[22]。逆に放任の子育てでは,父親から子供への情報伝達が減って,精神発達の成績は低下する。

おわりに

こうして改めて調べてみて考えてみると,そして同時に自分の経験を振り替えってみると,以下の点を強く再認識させられました。

子供にとっての母親と父親の役割の違い

子育て育児における父親の役割の大きさ
そして,あおばが僕に対して「見ないで!」というコトを言う時は,当人的には “何かしらのストレス” を感じている時であることを,改めて実感しました。

だから,そういう時はママを頼っているのだと。

一方,僕が主にできることは「一緒にたっぷりと遊んであげる」ことだと。

その「遊び」を通じて,子供は本当に様々なコトを学んでくれていることを,改めて実感できたのはとても意義あることでした。

これからも,た ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ っぷりと一緒に遊ぼうね! あおば!!

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