【子供のアレルギー】一人っ子だとデメリットだけでなくメリットも?!

【あ劇場©】へようこそ。
本日の晩婚パパの育児実録の演題は、【子供のアレルギー】一人っ子だとデメリットだけでなくメリットも?! です。

我が家の小学3年生の子供の「あおば」は、アレルギーっ子で一人っ子でもあります。

しかも‥ あおばの食物アレルギーは「小麦にも卵にも乳にも」あるので、基本的に外食はできませんし、中食の類も大半のモノは口にすることができません。

そうした点は普通の見方からすれば「デメリット」になると思います。

一方、だからこそ、ウチの子は基本的にいつも「ママの手作りご飯だけ」を食べているのです。

それって、ある意味では「とても贅沢なコト」なのではないでしょうか?

でも‥ 当の本人は小3の現時点では、その贅沢な状態を「恵まれている=メリット」とは、特に感じてはいないようなのでした(苦笑)。
 

【後日談】
後日、当記事を読んだあおば本人から「そんなことないよ!」と注文がつきました。

あおば
給食の替わりに昼食がいつも 「ママのお弁当」になっているから、恵まれているって感じているよ!

とのことでした。

アレルギーっ子・一人っ子の「食の贅沢さ」はメリットでありデメリットでもある?

  • アレルギーっ子は口にできない食品・食材類が多いため、市販のお弁当やお惣菜の大部分は食べられず、また、外食をすることは基本的に「 NG 扱い」となってしまう
    (ウチの子のように「小麦・卵・乳」に食物アレルギーがある場合は特に)
  • 一人っ子は親からの愛情を「独り占め」することができる

その2点を足すと、ごく自然と以下のような状態となります

口にするモノは基本的にいつも「ママのお手製のご飯だけ」

この点は、一般的にいえば「とても贅沢な状況」であると言えるのではないでしょうか?

ママにとってはとても大変なことですが‥ 子供にとってはいつも、愛情のこもった「手作り料理」ばかりを口にできているわけですので。

でも‥ 時にはそれが子供にとっては、デメリット的に感じることもあるようなのです(具体的な内容は後述となりますが)。

子供が一人っ子でなかったら

アレルギーっ子でかつ一人っ子の子供を持つご家庭では、家族全員の食事はどうされているでしょうか?

我が家の場合は、全員(=親二人も)、子供と同じメニューの「アレルギー対応食」を食べています。

その理由は主に、子供に「何で自分だけ別メニューなの?」という思いをさせたくないからです。

おかげで、ウチの子は自分の家での普段の生活においては、ほとんど食物アレルギーを意識することは「ない」のではないかと思います。

ですが‥ それはウチの子が一人っ子で自分以外の家族が全員「大人」だからこそ可能なコトでもあると思います。

仮に、本人と年齢が近いアレルギー体質ではない兄弟・姉妹がいたとしたら、全員が同じ「アレルギー対応食」を食べることは難しかったかもしれないと感じるのでした。
 
そう考えると、アレルギーっ子の食事に「贅沢なメリット」面を感じることができるケースというのは、子供が「一人っ子の場合」でないとかなり難しいことなのかもしれません。

子供が食物アレルギーだからこそ食材・原材料にもこだわる

逆に言えば、もしウチの子供に食物アレルギーがなかったならば、これまでしてきたような「食材や原材料」に対する《こだわり》を持つことも特になかったのではないかと感じます。

そして、子供に “ジャンクフード” や体によくない成分がタップリと詰まった“加工食品” 類なども日常的に与えていたのではないか‥ とも感じさえします。

そのような身体によくない影響を与えると見なされている食品を、乳児~幼少時の時期より沢山食べて育っているのと、そうしたモノを殆ど口にすることなく育った場合には、大きな開きが生じるであろうと思います。

「いま」現在ばかりではなく《 将来的な心身の健康状態 》においてさえも。

そう考えると、「身体の基礎を作る段階の年齢時に」身体に害をおよぼすとされる食材をほとんど摂らずに成長するということは、長い目で見た場合には計り知れない程のメリットとなるはすです

子供の食物アレルギーは「人生100年時代」ではむしろメリットにも!?

そのように考えていくと、「食物アレルギー」に対する捉え方は一変される のではないでしょうか。

食べられるモノが限られる=デメリット」と捉えられていた面。

それが次のように「変化」すると。

食べるモノを吟味する動機=メリット」と捉えることができると。

身体に害がある食品が市場に溢れ返っていることに対しては、食物アレルギーでない人や食物アレルギーの人を家族に持たない人たちは、残念ながらとても無頓着です。

一方、食物アレルギーがあるとその点にとても敏感になれます。

「人生100年時代」といわれるこれからの時代・・・・・・・においては特に、健全な身体(=毒されていない身体)を持つことこそが「幸せな生活」を長期間に渡ってしていくのに「欠かせない点」となるはずです

子供のアレルギーのメリット・デメリットの一般論

当記事では(また当ブログではこれまでにも)、子供のアレルギーはデメリット一辺倒ではなく、見方によっては「メリット」となる部分もある!ということにふれてきました。

他方、子供のアレルギーについては一般的には、「医療的な観点のみ」からデメリット面だけが語られており、メリット面に関しては「治療方法の比較」という範疇でしか語られることが「ない」ようです。

例えば、Aという治療方法はBの治療法と比較して「このようなメリット」があります、といったようなケースに限り‥。

論より証拠に(?) 『アレルギー メリット』と、Googleで検索をしてみると1ページ目には、「アレルギーにはメリット面もあるのでは?」という論調の記事は、次の 【タイトルの記事】 の1記事しか表示されません(2022年1月現在)
日本の国民病「花粉症」に、“ガン予防の効果あり”という意外なメリット | 男の病気 | 健康 | ダイヤモンド・オンライン

ちなみに、当該記事以外の他の記事は全て「治療方法の比較」に関して「メリット」という言葉を使用した内容でしたし、当該記事についてもその公開日は「2009年1月14日」と10年以上前の記事でかつ、続きを読むのには会員登録が必要な「会員限定」の記事でした。
 
なお、同じくGoogleで、 『アレルギー メリット デメリット』と検索をしてみると1ページ目の冒頭には、次の記事が表示されます(同、2022年1月現在)
アレルギー メリット デメリット の学術記事

なお、同記事は、アレルギーに関する学術記事の一覧表ページとなっており、その一覧記事の1ページ目にある学術記事の内容も主に、「治療方法の比較」におけるメリットとデメリットについて論じている内容となっています。
 
上の2つの例のように…
ことアレルギーに関しては、医療的な面や健康面という限られた範疇においてのみしか、語られていないようです。
 

ですが、もっと広く!
『育児・子育て全般』という位置づけの中において「アレルギー」というモノを捉えれば、アレルギーという症状があるからこそ食べ物全般に対しての関心が高まり、「食育」の面においてはプラスに働く部分も「ある」という面に気づくコトもあるのです、実際の経験上。

ということで、不幸中の幸い的な面であることは否めませんが、それでも「メリット」に転換できる部分も「ある!」ことに関して、もう少し語られてもいいのではないかと思うのです。

只々‥ デメリット面だけに焦点を当て続けるのではなく。

おわりに|笑いにさえ転換してしまう我が家の子供の例

ここのところ仕事が忙しかった関係もあり、本日は珍しく、ママがお手製のご飯を用意することなく家族で外出をしました。

そうした状況の中、これまた珍しく、ママがあおば用のご飯として「コンビニでおにぎり」を購入したのでした。

実のところ「コンビニのおにぎり」の多くは、アレルギーっ子のあおばは口にすることができないのですが、最もシンプルなタイプの種類であれば食べられるモノがあります。

例えば、「塩むすび」とか「梅干し」とかの具材が特にシンプルなモノであれば。

これまでも稀に用意ができなかった場合や量が足りなくなった場合などは、「コープ(生協)」でおにぎりを買って補うことはありました。

そうしたケースでは実は、子供にとっては希少な経験ゆえに、むしろ喜んでいた面もあります(苦笑)。

基本的に自分が「食べられない」と考えているモノを「食べることができる歓び」という感じで。

ところが、本日は気に入っている「コープ」のおにぎりではなく「コンビニ」のおにぎりだったため、その点に不満を感じたようでした。

確かに、手作りのおにぎりと比較すれば両方とも美味しくはないのですが、正直なところコンビニおにぎりはコープのおにぎりより更に美味しくないので(失礼ながら)。

そして、その不満をまるで「おにぎり評論家」のように語り出したのでした(笑)。

あおば
う~ん。このおにぎりね~ まず、形がダメなんだよね~。
この中途半端に丸い形がね~ 袋から出しづらいし、食感の面でもね、生協のシッカリ三角形になっているおにぎりのほうがいいんだよね~
あおば
それに、梅干しがね~ 甘すぎるんだよね~ 甘くてもいいんだけど、その中にやはり酸っぱさも欲しいんだよね~

というような感じで、一人で色々と長々と語っていました。

その姿は「君はダレ?」という感じで、とても笑劇的でした。

「おにぎり評論家」を演じている当の本人も、自分が演じているその姿を面白おかしく楽しんでいましたね、あの様子は(笑)。

そのような感じで、いつもいつも「ママのお手製のご飯ばかり」を食べているという贅沢さを堪能しているアレルギーっ子のあおば。

その贅沢さが「当たり前=標準」になっているからこそ、レアケースである贅沢でない状況に逆に「魅力を感じる」面もあるようなのでした。

でも、そうはいっても、本当は「その贅沢さ」がわかっているからこそ、あ~した「おふざけ」が飛び出すのでしょうね、きっと。

珍しさに憧れる面があるのはわかるけど、本当の「贅沢さ」を忘れないで欲しいですね。

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