チャレンジタッチの扱い易さ-子供にはメリット!親にはデメリット?

本日の主な話題は『親にとってのチャレンジタッチのデメリット』について。

昨日(19日)の日記で、チャレンジタッチに関する出来事を書いたところ・・

今日は、このタイミングで「そう来る~?!(苦笑)」的なコトがありました。

関連性が面白かったので、その点について日記ing(造語)しておきます。

主テーマが2日連続になってしまうけど・・・

晩婚パパの育児日記【2020年11月20日】

当育児日記、ノートに手書き時分からそうでしたが、当日には書いていない場合があります。

元々、日課という意識はなく、“育児・子育ての記録”として始めたものなので。

そういえば・・
自分が学生だった時分、何度か「日記をつけてみよう」と思い立ったことはあるのですが・・・
案の定、いつも三日坊主で終わってしまいました。

そんな僕が、子供のこと=育児・子育てのことであれば、もう何年も続けられているのだから、面白いものです。

きっと、自分のため(だけ)ではなく、“子供・家族との共有物”という意識があるからなのだと思います。

“利他”の気持ちって、大事ですね。

そんなわけで・・
当日記、ブログに移行しても早速・・・
当日記載ではなくなってます(苦笑)。

勿論、ブログ開始当初の約1週間同様、当日に記載する日もあると思いますが、今後は翌日記載が中心になってくるかなぁ、多分(笑)。

え~ 少しばかり、前置きが長くなりました・・

そんな感じで、昨日・19日分の日記を今日(20日)の夜に書いていたところ、あおばが偶然(?)声を掛けてきました。

「パパ、チャレンジタッチ一緒にやろう!」と。

こういうこと、結構あります。

「オッケー」なパターンは以下のような場合。

「やるから見ててね~」
「このアプリ面白いから、やってみて~」

毎月のようにというか毎月必ずかなぁ、“学習ゲーム的な新アプリ”が届く・ゲットできます。

それで、それを「一緒にやろう&やってみよう!」ということは頻繁にあります。

問題は以下のような流れになるケース。
(今回はズバリ!このケースでした)

「じゃ今度は、パパがこれやってみて!!」

と・・・

《漢字検定アプリ》を開きだす時です・・・・・・

このアプリの正式な名前は、『小学生漢字まるごとアプリ』といいます。

問題は、この“まるごと”という部分。

そうなのです。
小学生で習う漢字の全て、つまり小1・小2の漢字だけでなく、小6までの全ての漢字が対象となっているのです。

なお、今は小学生で習う漢字の総数は“1,026”だそうです。

まぁ、でもそうはいっても、小学生で習う漢字なので書くこと自体は、ほぼ問題はないのです。

ですが・・・

“筆順・書き順”までも、正しくないとダメ(誤答)となっているのです。

「そんなの、当たり前でしょう」と、思われる方も多いのでしょうが・・・

僕の場合は、筆順・・ デタラメなのです・・・

間違いだらけ! やり直し! だらけ。

もう完全に“のび太”状態で「トホホ・・・」です。

「まぁ、書ければいいよね」と考えていた、昔の自分の浅はかさが恨めしいです。

そして自分の字の下手さ加減について、「なるほど、筆順が大きな原因だったか」と、納得をしてしまいました。

さて、このアプリは《漢字検定アプリ》なので、漢検にパスするための練習が目的になります。

ですので、10問中何問できたかが最後にシッカリ表示され、間違えた問題は“やり直し問題”として、復習するための再問題の準備をきちんとしてくれます。

よく設計されているのです。

しかし・・

親の自分がやる場合はその優れた設計が、ダメを押してくれる結果に・・・

悲惨な結果がドーンと表示され、あおばに「ア~アァ・・・」という顔をされ、次のように言われてしまいます。

「パパ、ちゃんと復習問題もやらないとね・・」と(苦笑)。

いや、結構恥ずかしいですね、正直・・・

ですが、個人的には「それで OK!! 」と思っています。

(昨日の日記でも触れましたが)
チャレンジタッチを使用してのタブレット学習の最大のメリットは、以下の点にあると思います。

“楽しい遊び”的な学習である点。

そう。
“遊び”であれば、正誤はさほど問題ではない、と思います。

大切なことは!
「楽しいかどうか?」「楽しめるかどうか?」

だと。

子供に“その意味”を伝えることができれば、親のメンツなどどうでもいいことなのではないかと。

メリットかデメリットか?分岐点はコーチングかティーチングか

チャレンジタッチは遊び感覚でできるので、その扱い易さととっつき易い点が、子供にとっては大きなメリットです。

と同時に、だからこそ気軽に「一緒にやろう!」となったりもします。

考え方によっては、その点は親にとってはデメリットになるかもしれません。

でも、個人的にはそうは感じません。

ティーチングよりコーチングのほうが圧倒的に有効、と考えているからです。

仮に・・
「親は子供の教師的な存在であるべき」という考えであれば、上述のような姿を見せることは確かに、デメリット以外のなにものでもないかと思います。

でも、親は子供の教師ではないですし、教師的に接する(=ティーチング)必要もないと考えます。

画一的な正解などない、これからの時代。

上から教え(答え)を与える(=ティーチング)には限界があります。

なにせ、正解と言える万能解的なモノは、“もはや無い”時代ですので。

様々な場面・ケースごとの最適解をその都度ごとに、考え続けていかなければならない時代にこの先の未来に、子供達は適合していかないといけない訳ですから。

必要なのは、先導して道をしめすのみで、答えは子供自身に考えさせること。

=コーチングなのだと。

最後、ちょっと硬めになってしまいましたが・・

あおばに冷やかされながら・・・

「いや、これでいいんだよ」と。

まだ小学校低学年。

今は「一緒に楽しむことこそが大事!」と、思っています。

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