図工作品は「今の」子供の想いを知る鏡?!小1→小2の成長の軌跡も感じて

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本日、2021年03月15日の晩婚パパの育児日記の主な演目は【図工の授業で作った作品】について。

絵も粘土細工もあおば(ウチの子供)自作の作品たちは皆、小学校2年生になってグッと上達したことを感じさせるモノでした。

プラス、子供の色々な想いも感じられてとても興味深くもありました。

絵も粘土細工も子供の世界観の広がり・成長を感じさせてくれて

本日、あおばは小学校の図工の授業の時間で作った絵や粘土細工などを複数持って帰ってきました。

いずれも、小学校2年生になって急に、小1だった時よりグッと上達・成長したことを感じさせてくれる作品達で、とても嬉しく感じました。

そのことは、線の力強さとか色使いなどといった具体的な絵の描き方や技術的なことに “留まるものではない” と感じました。

例えば、どういった気持ちでその絵を描いたのか?といった背景的なこと。

その絵を描くときに、“何を想ったか?=何を意図したか?”など、あおばが小学校2年生の「今・現在」普段 “どんなことを考えている” かの世界観的なモノが立ち現れてもいるようで、とても興味深く感じました。

僕自身は 《絵を観る目》 というモノを持ち合わせているわけではないでの、さほど的確に感じ取れるわけではありませんが、みる人が診れば、その絵を描いた・その作品を作った子供の心の内や心理面での成長ぶりなどを、如実に「感じ取れるのだろうな」と、強く感じたりはしました。

少なくともハッキリと感じ取れたことは、思い付きでパッと描いたり・作ったりしたのでは「ない」という点です。

小学校1年生の時はまだまだそんな感じで、材料をみた瞬間に感じた・閃いたアイデアだけで作っていた感じが、より強かったように思います。

アイデアそのものは普段の生活に中でふれているモノから出てくるものなので、その時々の好みや気に入っているものが自然と反映されてくる。

ですので、その時点での「想いや考え」が投影されたモノである点は同じではありました。

ですが、その頃の作品は、言ってみれば “アイデア一発勝負” 的な色彩が強かったかと。

虫だったら「虫」そのものを。家族だったら「自分とママ」をド~ンと(笑)。

といった感じで、ダイレクトにそのモノをズバリと描いていた印象。

それが、今回持ち帰ってきた作品達はいずれも、より深い意図を感じさせるモノ達でした。

それは描き方の創意工夫であったり世界観的なモノであったり

今回、“卵から生まれてモノ”を描いた作品では、卵を割ってその中から出てくるモノとして《虫の王国》を描いていました。

その王国の中心には虫の触覚の形をしたタワーがそびえ立っていたりします。

小2となった「今」は、虫そのものを描くのではなく、“虫たちの世界” を描いていたのです。

この同じテーマを昨年の1年時に描いていたとしたら、やはり “虫そのもの” を描いていたのではないかと想像します。

そして、「今」は、そうした世界観的なモノを持って作品作りにあたっていることをより明確に示していたのが、《粘土細工》でした。

粘土細工では、『まほうのせかい』というタイトルで、全部で11個にもなるパーツを作成。

それらのトータルでその世界観を表現するという “物語性のある” 作品を作っています。

また、11個のパーツは、それぞれが単独でも《まほうのせかい》の世界観を描いています。

そうした大きな物語性のある世界観を持つようになったこと自体もまた成長ですし、それを「1つの作品」として表現できるようになったというコトに、本当に大きな成長を感じました。

小学校低学年の子供の成長速度って、ホントにスゴイ!! ですね。

小学校の図工の授業での作品を早くも持ち帰って来たのは進級準備?

さて、春休みはまだまだ先なのに・・

なぜ今日のタイミングで図工の授業で作った作品を持って帰ってきたのでしょうか?

あいにく学校運営に関する知識は持ち合わせていないので、勝手に推測しているだけなのですが‥ 少しばかり考えてみた答えは以下でした。

春休みが学期ではなく「学年」が変わる節目だから

どうでしょうか?

暦の上の1年でいえば、大掃除は12月の末に行うもの。

そのことを鑑みると、学校運営にあたっては3月が年度の大掃除に当たる時期なのだと思います。

だから、早めにその準備に入ったということなのでしょうね、きっと。

我が家は地方移住して田舎暮らしをしている関係もあり、あおばの通っている学校は、1年生から6年生までの総生徒数が30人台という少なさです。

ですが、生徒数が少ないにも関わらず、学校の施設規模は一般的な学校と変わらないので、スペース的にはかなりユトリがあります。

その贅沢さを利用して、子供たちが図工の授業で作った作品が、教室内や教室前の廊下などの様々な場所に展示されています。

全国的に小学校1学級の生徒数を35名へと減らす少人数化が現在進行中。

といっても、それだけの人数がいたら、全員の作品を展示することは難しいというか、スペース的に無理な話しなのだと思います。

その点、あおばたち子供たちにとって、自分たちが作った作品が“いつも展示されている” 状況は、やはりとても「励み」になるであろうと感じます。

1学級ではなく総生徒数が30人台だからこその “贅沢さ” というモノも、確かに「ある」のですね。

【後日談】
翌日(3/16)にも、自作の図工作品を学校から持ち帰ってきました。
どうやら、今回は作品数が多かったため、早い時期から少しずつ持ち帰りを開始したという事情もあるようです。
(もしかしたら、その事情だけなのかもしれないですが‥ 苦笑‥)

子供本人も図工作品に込めた想いを熱心に

あおば本人も、持ち帰った自作の図工作品に自分が込めた想いをとても熱心に話してくれました。

例えば、

あおば
この卵を割った殻の部分は絵の上側に配置したんだ!みんなは絵の下側に配置していたけどね

といったような感じで、自分がどんなことを考えながら作ったかを。

また、

あおば
この絵ではどの部分を1番工夫したと思う?

と、クイズ形式で工夫した点についてのエピソードを話してくれたりも。

各作品には展示に当たり、その作品を作成した意図や想いを皆に伝えるための説明書きが付けられます。

その説明書きもとても丁寧に書かれていて、あおばの熱意を感じ取ることができました。
特に、粘土細工の『まほうのせかい』の説明書きがそうで、小さい文字でとても丁寧に全11個ものパーツの一つひとつに込めた想いを綴っていました。

僕としては、作品だけでなく、その作品に込めた想いをとても丁寧に綴ってあるその説明書きにもとても感心しました。

これからも、今の感性のままに自由に熱意を持って楽しく、モノ作りに取り組んで欲しいと感じました。

とてもステキな作品と、とても嬉しそうな笑顔と共にその話しを聞かせてくれて、ありがとう。

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