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本日,2021年06月09日の晩婚パパの育児日記の主な演目は【子供の興味・関心の把握に小学生新聞が役立つ!】です。
本日,あおば(ウチの小3の子供)当人から,
という話しがありました。
こちら(=親)のほうから尋ねたわけではなかったのに,本人からの自己告白(?)自己申告(?)だったのでした。
興味・関心事が多い子供にこそ!小学生新聞の記事は最適!?
画像出典先:朝日小学生新聞【2021年6月8日付け&9日付け】記事より
藤井聡太さんのように幼少時から「自分にはコレ!」と興味のあるコト・関心事がハッキリしている天才型タイプの子供の場合は,親としてはある意味 “安心” なのではないでしょうか?
というのも,親としては後はシンプルに,子供が興味・関心を持ったコトに対して,子供が集中できる環境を整えてあげさえすれば,子供はある意味勝手にドンドン成長していってくれると思うからです。
まぁ,シンプルなコトこそ逆に,実行するのも難しかったりはしますが(笑)。
一方,より対処が難しいというか辛抱がいるのは,子供の興味・関心の対象が多い場合なのではないかと感じます。
あれにも興味があり,これにも関心があり,ついこの間は集中的に取り組んでいて「コレこそ!我が子の関心事!」と感じた途端,今日にはもうスッカリ興味が醒めているご様子・・・ なんてことが日常茶飯事にあるわけなので(苦笑)。
ウチのあおばに関しても,これまでのプチマイブームを含む《マイブーム》は,本当に多岐に渡ります。
一貫しているの《大の本好き》という1点。
その本の中味の対象は,これまでの8年間(いや字が読めるようになってからですから6年間ぐらいか?)の間だけでも実に様々,その時々で随分と変わってきました。
恐竜だったり,ドラえもんだったり,キャラクターで学ぶ学習シリーズだったり,戦国武将だったり,etc..
本の中味だけでなく,実際のコトについても,英語(進研ゼミのチャレンジ・イングリッシュ)だったり,プログラミング(スクラッチ)だったり,嵐の曲や番組だったりと,様々な《マイブーム》がありました。
それが普通なのだと思います。
「自分はコレ1本!」という天才型タイプのほうが少ないのでしょう,きっと。
仮にそのタイプが多ければ,世の中はエキスパートだらけになっているのでしょうから(笑)。
でも,現実は決してそうではありません。
ということの背景には,天才型タイプが元々少数派というだけではなく,天才型タイプにおいてもやはり,興味や関心事が少ないながらも移り変わることがあり,その変化に親を含む周りの大人が上手く対処することができなかったケースが多いということなのだと思います。
だからこそ,子供の興味・関心の変化や成長の過程はシッカリ掴んでおきたい。
そして,そのためには,以下のコトが「ポイントになるのでは?」と感じられた具体的な体験が本日あったのでした。
小学生新聞(朝小)の2日連続掲載記事より
画像出典先:朝日小学生新聞【2021年6月8日付け&9日付け】記事より
上掲の画像は,我が家でとっている朝日小学生新聞の記事の抜粋になります。
左側が昨日(6月8日)の1面記事で,右側が本日(9日)の3面の記事になります。
8日(火)付け1面記事の見出しは,以下の内容です。
昨朝,あおばは珍しく朝から,1面記事を熱心に読んでいました。
普段は,特に朝は時間があまりないこともあり,1面をさ~っと見て,後はお気に入りの連載小説と連載マンガが通常掲載されている最終面の8面を見る(8面でない場合もあり),というのがお決まりのパターンなのです。
1面やその他の面に興味・関心がある場合でも,朝にその面を見ることはあまりなく小学校から帰ってきてから見るパターンが多いのです。
ですので,朝から1面記事にシッカリと目を通していただけでも,「おっ!」と感じてはいたのでした。
その「おっ!」という,「ちょっとした変化に気づけたのかな?」という感覚が間違えでなかったことは,翌朝=今朝のあおばの様子で実証されました。
今朝の1面の見出しは,「G7,再び存在感高まる?」だったのですが,そちらにもちょっと興味・関心を示しつつも,わりと手早くあおばは紙面を捲り,3面に目を落としジックリと読み始めていたのでした。
本日・9日(水)付け31面記事の見出しは,以下の内容です。
「69歩目」はいっしょに 付属池田小事件20年 [下]
あおばは,昨日の記事の見出しに, [上] とあったことを,シッカリと覚えていたのでした。
だからこそ,今朝は直ぐに [下] の記事を探したのだと。
小学生新聞の記事に浮かぶ子供の興味・関心
当記事の冒頭でもふれましたが,本日はあおば(ウチの小3の子供)当人から,
というニュアンスの話しがありました。
わざわざ自分のほうから,そのような話しをしてきたのですから,そのことには意味があるのだと思います。
「おやっ?」と感じたので,あおばに尋ねてみました。
すると,次のような答えが返ってきました。
ということでした。
その意味は,《物語性・ストーリー性がある内容》という意味だと理解しました。
時事ネタ記事や本日の1面記事の内容(G7について)のような解説内容的な記事ではなく,何か “想像力を掻き立てられる” ような内容に「興味・関心がある」,ということなのだと思います。
“想像力を掻き立てられる” という意味では,自分と同世代の子供のコトを取り扱った内容であった,という点もポイントの1つであったのではないかと感じます。
その解が,今回の記事内容により浮かび上がってきたように感じられました。
子供の興味・関心の成長や変化を知るのに小学生新聞の記事は最適|まとめ
言われてみれば当たり前のコトなのですが,実感として感じ取りにくいことの1つに,《成長の軌跡》というモノがあると思います。
その理由の1つには,「成長曲線」という耳慣れた言葉にも原因があるかと。
「曲線」という言葉が使われているので,どうしても頭の中で「弧を描く」イメージを連想してしまうのではないでしょうか?
或いは,連続的に上昇をしていく右肩上がりの直線を。
しかし,現実的に《人の成長》というものは,練習や訓練に費やした時間や努力と比例の関係にあるわけでは全くありません。
むしろハッキリしていることは,比例関係では「ない」,という事実だと思います。
こちらのイメージ図のように。
であるからこそ,断続的に様子を見ていては,その変化の過程や予兆に気づくことは難しいと思うのです。
ちょっとした変化やその予兆を捉えるには,継続的に見続ける・観察し続けることが必要なのだと。
そうでなければ,気がついた時には“数段階のレベルアップ”が成されてしまっている,ということがあると思います。
また,見落としてしまっただけならまだマシなのかもしれません。
プラス,気がつかないうちに子供の興味・関心の度合いがレベルアップしていると,親のほうが子供のレベルに不釣り合いなアプローチを続けてしまい‥ それが原因で子供のモチベーションを「下げてしまう・・」ということも起きかねません。
と,いったことを今回,『経験的』に学んだのでした。
正直なところ,そういったイメージをシッカリと持っていたわけではありませんでした。
只,毎日毎日,定期的に新聞というモノにふれていることが・ふれ続けていることが,子供にとって “ごく自然なコト” になれば,そのことが長い目で見た場合に「必ずプラスとなるであろう」と考えていただけでした。
であったのですが,実際に子供が新聞と関わっている様子を毎日見続けていると,気になる点などが出てくるモノです。
ですが,大人の観点からその気になった点を矯正しようなどとは思わなかったコトは,今回の1件を振り返ってみても「良かったな」と感じた点です。
そうであったからこそ,あおばが自分自身で「いま・現在」の自分の興味・関心があるコトは「コレ!」と感じ取れることに繋がったのだと思いますので。
親や周囲の大人の干渉や,はたまたその目を意識するコトによって誘導的に,「自分の興味・関心の対象はきっとコレ」と “思い込んでしまう” ことは,長い目で見た場合に,子供のプラスになることは「さほどない」のではないかと思います。
いや,以前はそれでも「かなりの程度」効果があったのだと思います。
ですが,これからの世の中は既に様々なコトが成熟段階に達している世の中であり,子供達の未来はある意味で,《 AIとの競争》も強いられる世界。
「シンドくても気持ち・気合いで乗り越える」的な,根性論・精神論的な考え方は,全体的なレベルがまだ低い段階の時に通用していた話しであり,若い世代の間では既に「いま現在」においてさえも過去の話し。
でも‥ 仕事の現場においては,まだそのことに気がついていない&気がついていないフリをしている人達もまだまだ随分と居るのが現実ではありますが・・・(苦笑)。
当たり前のことですが,親としては,自分が置かれている現在の環境や状況に基づいて考えるのではなく,子供の将来については,子供たちの世代が社会に出た時のことを想定して考えるべきです。
未来がどのようなセカイになっているかは分かりませんが,おそらく,《本当に好き》と思えて競い合うというより “高め合う” という気持ちで競うコト自体を楽しめるような《ノメリコメル分野》を持たないと,《 AIとの競争》は厳しいモノ となってしまうのではないでしょうか。
少し話しが大きくなり過ぎてしまいましたかね(苦笑)。
とはいっても,もっと身近な話しに視点を戻しても,毎日届く小学生新聞が《子供の興味・関心の移り変わりやそれに伴う成長の足跡》を知るのに《最適なモノ》であるのは,確かなことだと思います。
何と言っても,子供本人がそう感じているのですから。
そうだよね? あおば。